昭和50年02月24日 朝の御理解



 御理解 第27節
 「昔からあの人は正直物ぢゃ、神仏の様な人じゃと言う者でも段々不幸な事が重なって、世間ではどう言うものであろうと言う様な事があろうか、何程人に悪い事をせぬ正直ものでも、人が良いのと神に信心して、おかげを受けるのとは別ものぞ。」
 
 世に善人と言う正直者と言う、それが悪いと言う事ではない。善人である事は悪人である事よりも素晴らしいし、不正直な者よりも正直であると言う事は、自他共に有難い事なんです。正直者であると言う事は。けれども信心しておかげを受けると言う事、それは人の良いとか悪いとかと言う事には関わり合いがない。おかげを受けると言う事に於いては、それは善人ではない。
 なら悪人であっても正直ではなくて、不正直な人であってもそれこそ世間では、あの人は神仏の様な人じゃと言うのではなくて、あの人はもう本当に言うならば、神仏の反対を言うなら、どう言う事になりますでしょうか、それこそ鬼ぢゃろか蛇じゃろか言う様な人でもです、信心しておかげを受けると言う事は確かに違います。私の知った人で、元料理屋をなさっておった。もうそれこそ近所の者は、それこそ鬼じゃろか蛇じゃろうかと言う様な人達でしたよ。それはもう血も涙も無い人じゃろうかと。
 そりゃもう女子達が逃げ出しどもするならもう、それこそ吊り下げといてからそのう打ち徴寂、そりゃもう芝居見るのと一つも変らん。そう言う事を平気でやってのけれる人でもです、やっぱり信心しておった。まぁ夕方ともなると、自分方の女達をすっと粧へさせちからねそして教会参り。だから余計目だつ訳ですあの奴はもう碌な奴ぢゃなか、もう夜叉のごたる奴がいくら神様に逆とんぼ打っても、何かおかげを頂こうかいて言うて信心のない者は言うとったけれども、事実はおかげ受けておられたと言う事です。
 ですから確かにですね、おかげを受けると言う事は別ものです。そう言う人でもおかげを、お取次を頂いてお願いをしてその代わり拝むとは、そうにゃ拝みよんなさいましたもう真から、やっぱり拝みよんなさった。何を拝みよんなさるじゃろかと拝み御座った、だから女の人達もやっぱりそれで信心になって行く人達もやっぱりありました。是は昔の話ですよね。だからなら神様ぢゃろうか仏様ぢゃろかと言う人でもです。一つも恵まれないと言う人もやっぱりあるです。
 此の人が馬鹿正直ぢゃけんで儲け出しゃきらんと、言う様な人がありますでしょうが。正直に馬鹿が付く程に正直なけれども、恵まれないと言う人がある。信心と言うのは不思議な事です。但しね、但しならおかげは受けてもお徳を受けてはいません。信心の究極の目的はお徳を受けると言う事ですから。信心して例えば鬼ぢゃろか、蛇じゃろうかと言う様な、その自分がです、それこそ変わり果ててしまう。そこに言うならば改まり、本心の玉を研くと言う事になるのです。
 だから悪人でも、そこに悪人せいき(生起)と言う言葉があります。或る一つの正しい機会を得て、そこから改まって行く、そこから言うならばお徳を受けられる世界が開けて来るのです。ですから信心をして善人である、正直者であると言う事は、言わば鬼に金棒と言う事にも成る訳です。所が仲々善人だ正直者だと言う人に限ってです、私は別に悪い事をしとらんけん、神様を拝まんでんちゅうごたると言う風な、その人が多いです。そう言う人達でも実際信心頂いて、教えの鏡を前に立って見るとです。
 ほんに私の様な浅ましい私と言う事になって来るんですけれども、それが普通で言う正直者とか、神様のごたる仏様のごたると言うのとは違うと言う事。昨日日田の竹野さんがお参りして見えて、命の恩人○○様と名前を書いて、その方の事のお取次ぎを願われました。八才の時に川に橋から落ち込んで、川に何十メートルと流されてですね、そしてそれを助けて貰われた。八っの時であった。だから毎年まぁお父さんお母さんが、それこそ正直者と言うか、立派な人だったのでしょうね。
 ずうっと毎年その人の家にお礼に行きよんなさった。命の恩人だと言う事で。けれども里の方は梶原と言うのですけど、梶原家から現在竹野家に縁に付いて来てから、もう随分なられましょうけれども、もう姓も変った事だからと言うので、そのままになっておった。毎年お礼に行きょったのを止められた訳です。それを段々此処でお参りをさして、御理解を頂く様になったらです、本当に助けられた一番始の事を、忘れなければ信心は、よいと言う様な御教えが、教祖様のお言葉の中に御座いますですね。
 信心始の事助けて貰った始の事忘れなければ、信心は必ず長生きすると言う意味の事を教えて御座います。あん時助けて貰うちから一遍もうお礼に行ったけん、それで済んだと言った様なものではないのですねあれは。ましてや命の恩人と言う様な事になって参りますと、そんな生易しいものでは実はないのです。それで言わば娘時代の間は実家の内からずっとお礼に行きよったけれども、それを止めておって段々信心が解って来りゃ解って来る程、是では相済まんと言う事になって先日その事のお伺いがありました。
 この前の月次祭のときに一寸お話ししましたですね。前の月次祭の時そしてそちらにそれこそ何年振りにかお礼に行かれた訳です。そしたら今迄のお礼に行くのと内容が違う。今迄は只正直者で人に悪い事をせぬ正直者、言うならば普通で言うまともな人と言う意味あいにだけでしかなかったけれども、何年間御無礼をして翻善として信心でそれが解ってから、向こうにやらせて頂いたらそれは大変な喜びであったと言う事です。
 何十年間か前の事を、そげん想い出して頂いてですね、こうしてお礼に来て頂いてと言う事は、それはもう大変なまあ是から自分が生きている間は、お礼に行かせて頂く事であろうが、同時にその方の事をお取次を頂いて、祈らせて貰うと言う所、所謂信心がある訳です。それがどう言う風に展開して来るか、まあ是からの事すけれども。私は昨日四時半、此処御祈念が終わってから、退らして貰った。食堂に参りましたら、五年祭の時の記念品の袋が、食堂にあります。
 一寸見たら中に和賀心時代を創ると言う本が入っておる。確かに五年祭の時にあのう皆んなにお配りした物なんです。それから何とはなしに私は、それを出さして貰うて読み始めた。読み始めたら何回読んだか解らんのだけれも、また食堂で早く風呂に入って下さい、風呂の準備出来とると言うけれどもです、もうそれこそ又あのう始めから読み出させて頂いた。皆さん皆さんあのう持っておられるでしょうから。
 読んでご覧なさい。読むたんびに有難いものを感じますよ。和賀心時代を創る。私は風呂を言われたけれども、それを置いてしばらく読み耽りました。丁度私の家の信心のそもそもの時分の所が出ております。久留米の初代にお弟子さんがある。そのお弟子さんが北野町に布教に出られた。その人こそ三井教会初代教会長荒巻弓次郎先生であったと言う所迄、読ませて頂いたらもうそれこそ、肩が震う様に感動しました。その人こそ三井教会初代教会長荒巻弓次郎その人であった、と言う所迄読ませて頂いた時です。
 もうどうにも感動が止まらない位に感動しました。所謂命の恩人だからなのです。それを何十年間暖め続け思い続けておるからなのです。あの時にもし北野に布教に出られなかったり、善導寺に出って来られなかったら言うならそれはそれまで、以前久留米の石橋先生の布教時代から、時折ではあるけれども、御神縁は頂いておったんですけれども、傍に言うならば善導寺にお教会が出来たと言う事が、言わば大坪一家が言うならば繁々とお参りをすると言う事になって来たのです。
 荒巻弓次郎と言う先生が、全然見た事もない行った事もない、北野町に布教に出られた時には、そうであったそうです。全然行った事も無かった、只三代金光様がお書き下げに三井郡北野町と言う、お書き下げを下さった、布教地を。だかあのー全然未知のお土地である所の北野町に布教される事になった。その人が三井教会初代の教会長であった荒巻弓次郎先生であったと言う。
 そして皆さんも御承知の様に、何十年間の信心が続いて、そして私が北京から引き上げて帰って来る。いよいよ信心が苛烈になって来る。いろいろ神様からお指図お知らせを受ける様になる。親先生も一点張りであったのか、神様一点張りになって来た。親先生が右と仰るけれども、神様は左と仰る様な場合、その板挟みにどうにも出来ない時代があって、それは様々の事が、私と三井教会との間にありましたけれどもです、矢張り三井教会あって合楽教会があるんだ。
 当時の椛目があるんだ、いや私大坪総一郎があるんだと言う思い込みだけは、何時も是が切れた事がなかった、どんな場合でも。言うならばその助けても頂いたその元と言うのは、愈々有難いものに育って来た、と言う訳であります。ね。私は今日は竹野さんの過去の、言わば八つの時に助けて貰いなさって、そして娘時代実家に居られる時代には、毎年お礼に行かれたと言うのは、普通で言う言うならば正直者の部類、仲々厳犠閃断な方だと言う、その時代から何年か嫁に竹野家に来られてから。
 何年間か知らんけれども、その何年間かの間は、それは疎遠になっておった。改めて、信心を解らして頂けば解らして頂く程、元を忘れな助けて頂いたあの時を忘れるなと言うものが、甦って来た時に又改めてお礼に出らなければ居られない。それはもう、何年前のお礼とお礼の内容が違って来た。言うならば正直者が、信心と言う言わば金棒を持つ事になった。所謂鬼に金棒と言う事になった。
 是から竹野さんの上に、どう言うそれが働きを表して行くかは、まだ解りませんけれども、そんなら私のそれからですね、私のそれから、私のならば信心と言うか、私の荒巻弓次郎先生と言うか、私が助けて頂いたそれも、一回とはなし何回も無い命を、お取次に依って助けて頂いたと言う、その事がです、その間に様々な雨、嵐とも思われる中をです、矢張り三井教会あって合楽だと言い通し、又それを行の上に表わし続けて来た。行いの上に表わし続けて来たと言う事が。
 今日の合楽の言うなら発展の基を、なして居る事に成ります時にです、成程正直者が信心をすると言う事になったら、愈々言うなら素晴らしい事になるんだと言う事を、私は今日聞いて頂きたいと思った訳です。ね。それこそ喉元通れば熱さを忘れると言うのが、普通の人情でありますけども、信心させて頂いてそれが律儀な人であるとです、正直者であるとです、なら竹野さんぢゃないけども、言わば娘時代実家におる間は、それを例えば二十才なら二十才でお嫁に来られたとしてもです。
 十何年間と言う間はお礼に行き続けられたと言う、ね。そりゃ厳儀同断な律儀な方だと言う事になりますでしょう。そんな人も滅多にないですよねぇ、それを続けられた。只縁に付かれてから、もう姓も変わったからと言うて、それをもう止めておられたけれどもです、信心を頂く様になり、教えを頂く様になったら、改めて八つの時に助けれられたその事が、新たな事として蘇って来る。新な事として又お粗末御無礼であった所を、お詫びさして貰うて改めてお礼に行かれた所が。
 先方の喜びはもうそれこそ大変な喜びであったと言う事である。その命の恩人誰れさんの為にです、是からは祈らせて貰うお取次頂いて、その方の事を願うと言った様な信心に、是からなって行かれる事でしょうがです、此処から開けて来るものをです、言わば私がそれを思い祈り続けて来て、今日その中間においては、もう普通で言うならば、もう絶縁状態になるかも知れない様な所を、通りながらもです、それを続け抜いて来ておったと言う所にです、それこそおかげはです。
 それこそ鬼じゃろか蛇じゃろかと言う様な人でもです、受けられるけれども正直者がです愈々信心と言う、所謂鬼に金棒的なおかげを頂いたら徳が受けられる。なら私が徳を受けたという意味じゃありませんけれども今日此の様なおかげを受けておると言う事実からです、成る程元の所を忘れなければ、教祖様が仰るおかげを受けた始の事を忘れなければ、必ず信心は育つんだそれで、おかげが受けられる。
 徳が受けられる世界にも入って行れるんだ、元の所を忘れなければと言う様な所を、今日は聞いて頂きました。それは正直ぢゃない不正直であってもおかげは頂けます。だからおかげに甘んぜずにです、言うならば正直者で言わば信心によってです、改まる事に又研かせて頂く事に専念させて貰うて、そしてお取次を頂いて、おかげを頂いて行くと言う所は、もうおかげの世界だけではない、もう徳の世界が開けて来ると言う事であります。
   どうぞ。